益子焼
栃木県
「用の美」を原点とする益子焼
益子焼は江戸時代末期、笠間で修行した大塚啓三郎が窯を築いたことに始まると言われ、以来、優れた陶土を産出することから、鉢、水がめ、土瓶など日用の道具の産地として発展をとげました。1924年に濱田庄司がこの地に移住し、「用の美」に着目した柳宗悦らと共に民芸運動を推め、益子焼は「工芸品」でもあり「芸術品」である存在へ展開していきます。現在、窯元は約380、陶器店は50。若手からベテランまでここに窯を構える陶芸家も多く、その作風は多種多様です。

灰釉花器/片岡九二三

大急須/片岡九二三

灰釉花器/片岡九二三

鯛・海老文皿/片岡九二三

茶釜一式/片岡九二三

白釉布目花瓶/大塚久男

益子山水壷/大塚久男

柿釉三彩流壷/大塚久男

柿釉面取青磁流壷/大塚久男

益子山水窓絵大皿/大塚久男

鉄砂面取壷/大塚健一

柿釉抜文角瓶/大塚健一

青釉流描大鉢/大塚健一

青釉流描蓋物/大塚健一

くだものしぼり/大塚健一

並白釉梅文花瓶/床井崇一

柿釉柿文角瓶/床井崇一

黒釉草文筒花入/床井崇一

河南天目花瓶/床井崇一

並白釉梅文筒花入/床井崇一

焼〆壷/小田部玄夫

糠白釉流し大皿/小田部玄夫

松文角皿/佐久間藤太郎

花瓶/佐久間藤太郎

柿釉抜き文皿/濱田庄司

扁壺/濱田庄司

縄文象嵌角皿/島岡達三

赤絵縄文象嵌角瓶/島岡達三